「砂糖を摂りすぎるとキレやすくなる」
(旅行等で長時間子供と乗り物を利用する際に)「お菓子で黙らせる」作戦もよく見かけるが、管理栄養士の幕内秀夫さん(57)は、「甘栗や干し芋など天然の甘さを生かしたおやつはいいが、チョコやスナック菓子は長い目で見ると逆効果」と指摘する。白砂糖や人工甘味料など吸収が早い糖質食品をとりすぎると、急上昇した血糖値を下げる作用が過剰に働き逆に低血糖になるなど、血糖値が乱高下して「キレやすくなる」という。
(朝日新聞 2010.4.23 夕刊 16面)
朝日新聞は、あるいは幕内秀夫はこう仰っていて、以前にも同様の話は何度か聞いたことはあるのですが、しかしこれは本当なんでしょうか。いやそもそも、砂糖は低血糖をもたらすのでしょうか。
今となっては古い資料ではございますが、1994年発行の『栄養と行動』を見る限り、そんなことはないんじゃないかと思うのです。この本では「砂糖摂取→キレやすくなる」と関連しそうな「砂糖と多動」「砂糖と反社会的行動」が取り上げられていますが、関連性の高さを裏付ける結果はないとまとめています。
砂糖はキレやすさと関係しているの?
多動について
「砂糖と多動」については、1980年に行われた研究がおそらくは最初の実験で、この結果によると多動児のなかにおいては砂糖摂取量と攻撃行動に正の相関が見られたそうです。砂糖摂取量と攻撃行動ですから、ほら見ろ、キレやすくなってるじゃないかと飛びつきたくもなりますが、これはあくまで多動児内に限っての話です。多動児と正常児の砂糖摂取量に違いはなかったとしています。
Prinzらはこれらの結果を、多動行動において砂糖の果たす役割は単に示唆的である、と注意深く解釈したのだが、大衆的なメディアはこのデータを速やかに、砂糖摂取と多動に因果関係が確立された、と解釈してしまった。
(『栄養と行動』p168)
しかも後続の研究では、その大半で、この実験で示唆された多動児内で見られる砂糖摂取量と攻撃行動等の相関関係すら、確認されていないそうなのです。
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たとえば、砂糖摂取量と多動についての相互研究のひとつWalraichの研究では、「砂糖摂取は破壊・攻撃行動に確たる関連はない」とされました。関係が見られたのは破壊・攻撃行動などといった「キレやすい」に結びつく行動ではなくて、砂糖の摂取と1.足首の動き、2.部屋の中の動き回り、3.注意が転じやすい、4.課題に費やす時間が短い、の4点で、これもまた多動児に関してのみの相関であったそうです。
また、砂糖を与えてそれによってどう行動が変わるかを見た食事誘発研究においては、母親申告で普段砂糖によって負の反応を示すと言われる子供を対象に、砂糖かサッカリンを溶かした飲料を飲ませて、当の母親がその後の子供を観察するという研究(もちろん二重盲検でクロスオーバー)が行われ、その結果砂糖� ��負の反応を示した子供はいなかったそうです。
ほかにも6件の研究が紹介されていますが、すべて同様の結果を得ています。なかには学習能力について調べたものもありますが、そちらについても同じように「影響がなかった」という結果です。
反社会的行動について
こちらでは、犯罪者や非行者など、実際に反社会的行動を起こした経験のある人を対象にした研究が紹介されています。結果だけを見れば、砂糖と多動に比べるとまだ関連性が見られるといえる余地はあるように思います。
砂糖や精製炭水化物は低血糖状態を一層悪化させる! との提言つきで、犯罪者や非行者に低血糖症がよく見られるという研究があったり、ブドウ糖負荷試験を暴力的犯罪者と一般人にしたところ、
「間欠性爆発異常」「反社会的人格異常」のいずれかを病んでいると診断された人は対照者よりも血清グルコースの最低値が低かった。
(同 p175)
という結果から、グルコースを摂取したときにそれらいずれかを病んでいる人のほうが一般の人と比べてインスリンが多量に分泌され、その結果暴力的になったのではと推測されたりしています。
また、少年拘留施設で卓上砂糖のかわりに蜂蜜を、料理用の白砂糖のかわりに糖蜜を等々の変更をして、職員が少年たちの行動を観察したところ、反社会的な行動が21〜54%減少したとの研究もあるそうです。
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これら研究の結果にも関わらず、著者は砂糖摂取と反社会的行動の関連性には、疑いの目を向けています。犯罪者と低血糖の相関関係を調べた研究においては、低血糖症を診断するのにブドウ糖負荷試験を用いなかったり、用いたとしても評価をするのに適切な基準を用いていない、また負荷試験最中の行動を観察しなかったりといった不備があって、「低血糖値は暴力的行動を伴うとは誰も結論できない」(同上)と言います。
また、暴力的犯罪者と一般人にブドウ糖負荷試験を行った研究でも、実際の食事の後の血糖の動きを見るのにブドウ糖負荷試験は適切ではないという批判もあるので、ブドウ糖負荷試験の低血糖が必ずしも食後に血糖値が低くなることを意味しない、インスリン分泌が高まったり低血糖になったときに暴力的行動が起こることを示す証拠は何もない、と言います。
少年拘留施設の結果に関しては、砂糖を別の糖に置き換えただけで栄養学的には変わらないという点、それから重要なことに、この試験が盲検ではない点を指摘しています。
したがって、
砂糖は多動、心理学的異常、犯罪行動の主要原因とは思えない。
(p177)
というわけです。
砂糖は低血糖をもたらすの?
砂糖(スクロース)はグルコースとフルクトースがくっついた二糖です。フルクトースは以前見たように、グルコースやガラクトースがエネルギーを使って能動的に吸収されるのに対して、吸収はもっぱら濃度勾配に依存します。したがって吸収速度はグルコースやガラクトースに比較すればゆっくりで、血糖に及ぼす影響もずっと小さいのではないかと思います。
試しにThe Glycemic Indexなるページで砂糖のGIを調べてみれば、"sugar"だけで何件かヒットするわけですが、6件中5件が58-65の範囲にまとまっています。このページではGI=55以下を低GI、56〜69を中GI、70以上を高GIとしています。この分類にしたがえば砂糖は中GI食品ですから、決して血糖上昇率の高い食べ物ではないようです。
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しかしながら、もちろん、GIだけでは血糖にどのような影響が出るのかわかりません。血糖負荷を見なくてはいけないでしょう。いくら甘いもので黙らせると言っても、まさか砂糖単体を舐めさせる親も、舐めて喜ぶ子供もあまりいないと思いますので、ここでは冒頭の新聞記事で言及されているチョコレートで見てみましょう。"Chocolate"で検索すると山のように出てきてどれを持ってきていいやら迷うのですが、プレーンチョコレートを例にとれば、
食品 | GI | g | GL |
Chocolate, plain with sucrose | 34 | 50 | 7 |
となります。GIは砂糖のみで見たときよりもさらに低くなっていますし、50g食べたときの血糖上昇への影響も、随分小さく見えます。
これをやはり冒頭の記事で言及されていた甘栗と比較できれば一番いいんでしょうけど、残念ながら甘栗のデータはないので、天然の甘さで思い当たる果物いくつかを見てみましょう。
食品 | GI | g | GL |
Apple | 34 | 120 | 5 |
Oranges | 40 | 120 | 4 |
Grapes | 43 | 120 | 7 |
GLに関しては食べる量に大きく依存しているので、結局のところその人がどれだけ食べるかで変わってしまいます。果物はなぜか120g食べたときのGLが記載されていたので、そのままチョコレート50gと比較するのはよろしくないと思われるかたもいるかと思います。しかしながら、果物もチョコレートも、それほど大きく変わることはないことは見て取れると思います。
ちなみに、リンゴを調べたときにたまたま見つけた、自然の甘さを生かしていると思われるドライアップルは、
食品 | GI | g | GL |
Apple, dried | 29 | 60 | 11 |
となるので、自然の甘さを生かしたおやつでチョコレート越えを果たせます。
ついでなので、GIもGLも大きそうな自然の甘さサツマイモと、あとは炭水化物豊富な主食たるパンご飯の値も見ておきましょう。
食品 | GI | g | GL |
Sweet potato (Ipomoea batatas), roasted on preheated charcoal | 82 | 150 | 37 |
Sweet potato (Ipomoea batatas), baked 45 min | 94 | 150 | 42 |
White rice, boiled | 83 | 150 | 30 |
White bread, wheat flour | 70 | 30 | 10 |
ご飯が150gあたりのGLなのに、どうしてパンが30gあたりなのか等の疑問はありますが、それはそれとして置いときましょう。仮にチョコレートで血糖値が急上昇急降下し、それによって「キレやすくなる」とすれば、とてもとても、焼き芋なんか食べられたものではありませんし、白米もまた食べられたものではありません。
砂糖やチョコレートは、もちろん食べる量によるのでしょうが、通常食べる量であれば、ほかの炭水化物を多く含む食品と比べて、それほど急激な血糖上昇をもたらすようには見えません。それでも「血糖急上昇→急降下→低血糖→キレやすくなる」を言うのであれば、「ご飯を食べるとキレやすくなる」説も支持しないとおかしなことになります。
というわけで
ほかにも、人工甘味料を血糖負荷に関して砂糖と同じ扱いにしていいのかとか、「長期的に見ると」の長期ってどのくらいの期間だよ等疑問はつきないところでございますが、お時間も迫って参りましたし、「砂糖は悪者にされるほどのことはしてなさそうだよ」という若干適当なまとめで、本日の記事を終わりに致します。
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